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Ⅱ.ウールを供給する人々(2)

藤井一義 (マネジメント・コンサルティング取締役)

4.ウールを供給する人々


(1)ウールブローカー

 刈りとられたウール個有の「キャラクター」によって「タイプ」別に仕分けられたウール俵は牧場から競売市場に近い指定倉庫に出荷され「ウールブローカー」の手で荷受けされます。「ウールブローカー」は荷受けしたウール俵の現物見本を揃えたり公認検査機関で品質の検査をしたりして、「競売」に出市する準備を行ないます。特に「グローワー」と出市するウール俵のロット毎に、希望する売値を充分相談しておき、競売市場でもし希望価格に達しない時でも次の「競売」の機会には売れ残らないように周到な準備をしておきます。「競売」が済み落札者が決まりますと、「ウールブローカー」は落札した「バイヤー」(買主)にウール俵を発送して販売代金を受領し、この代金の中から所定の手数料を受けとった上で「グローワー」に販売代金を支払い清算しますから、「ウールブローカー」は「グローワー」のために販売代行をする公認の商社機関に当たる非常に重要な存在です。その上、彼らは競売市場の開かれていないオフシーズンでも「グローワー」と常に連携しあって、牧場の経営問題をはじめ血統種改良用の種羊、飼料の開発、飼育条件の改善研究等ウールの生産に関するあらゆる問題を相談しあい、場合によっては「グローワー」の意見を代弁して政府機関や関係団体に対し積極的に働きかける様な活動も行う"ウールの専門家"と言えます。彼らは「グローワー」をはじめ牧場で働く人々や羊とともに家族同様の協業関係を親子代々つづけていますから、相互の家庭の中や羊の家系にまで深く入り込んだ親戚以上の信頼関係が形づくられているのです。

(2)ウールバイヤー

 「ウールブローカー」や「グローワー」と国内市場で取引し、海外にウールを輸出販売するのが「ウールバイヤー」の主要な仕事です。彼らは平常から世界中の製造加工業者や流通業者と情報を交換することに大変な努力を払っています。その目的は、顧客企業がそれぞれもっている製造技術ノウハウや製品の特長をつくり出す為に必要なウールの「タイプ」の種類について意見を交換したり、次のシーズンの繊維製品市場全般の需要動向、例えばファッションのスタイルやカラー或いは、製品価格水準や製造コスト等を理解しておく為です。もちろん世界各地の産毛状況を綿密に市場調査してシーズンの開幕に備えます。シーズン中は広汎なネットワークを利用して、顧客の注文に応じて競売に参加し、世界各地の市場でウールや獣毛を買い付けます。この様な機能からみて、「ウールバイヤー」は"ウール専門の貿易商社"です。「ウールバイヤー」は競売市場で売手の立場に立つ「グローワー」や「ウールブローカー」とも平素から密接な人間関係をもっており、生産業者からウールを安く買いつけて製造加工業者に高く売りつけるような価格だけによる取引を越えて売手、買手双方の特色をふまえて両者共に満足のゆく契約取引を行なっている特殊な貿易商社です。最近環境問題のために脂付羊毛を洗い上げたり、「トップ」(ウールを洗い上げた後梳いて繊維の束にした中間原料)まで現地や第3国で加工する契約取引が多くなっているので、益々「ウールバイヤー」の加工能力や国際的な連繋機能が重視される様になっています。この様にウールの生産供給に関する専門的役割をもった人々が大勢いて南半球全域にわたってどんな極地に近い僻地の牧場でも彼らは直接足を運んでいってウールの生産に協力を惜しみません。一方、需要面に対しては、白くてこまやかなそして良質の「キャラクター」のウールを北半球の製造加工業者それぞれの特色に応じてキメ細かく供給することを目的に羊と共に暮らし、羊と共に労働して「ウール市場」を維持しているのです。

5.ウールの取引-競売市場


 それまでロンドン市場で行なわれていたウールの「競売市場」が、19世紀半ば頃から豪州で定期的に行なわれるようになり、産毛量の増加につれて1870年頃以降ウールは他の経営資源と共に国際商品として世界中の市場で脚光を浴びることになりました。

(1)豪州羊毛競売市場

 現在豪州で生産されるウールの約80%が各地の「競売市場」で公開競売(Public Auction)にかけられ、残りの約20%のウールは「グローワー」と「バイヤー」との間で直接取引で売買されますが、この方式を「プライベート契約」と呼んでいます。豪州には全国に10カ所の「羊毛競売市場」があって、そのうち出市量取引量の大きいシドニー(Sydney)、メルボルン(Melbourne)、フリマントル(Fre-mantle)の三市が「三大セリングセンター」といわれています。「競売方式」は「ウールブローカー」によって次々に出市されるウール俵に対して、バイヤーが指値をつけ、最高の値段をつけたバイヤーに売却するいわゆる「セリ市」です。既にウール俵は牧場で「クラッシング」(仕分け作業)によって「タイプ」別に分類されていますが、改めて①繊維の細さ(直径)と長さ、②「洗上工程」後の「歩留」推定値(註1参照)、③植物性繊維等の夾雑物混入の程度(註2参照)の三項目についてAWTA(豪州羊毛検査機関)で検証した指標数値を「証明書」として添付し、出市のロットを代表する現物見本を公開展示しておきます。この狙いは出市されるウール俵の「タイプ」表示が実際にはどんな特長をもった性状や品質であるかを買手側が確認し評価した上で競売に参加できる様にする為です。そして更に落札後買手側から品質に対するトラブルや苦情が発生することをできるだけ未然に防いでおこうとする為です。

(2)競売市場の開幕

 南半球の7月末から9月にかけてそろそろ新春の訪れを感ずる頃になると"ウールシーズン開幕期"です。羊毛生産国にとってウールは国家財政を支える重要な輸出資源ですから、政府や関係業者だけでなく一般市民までが各地の羊の成育状態やウールの生産予想あるいは北半球からの買い付け予測をめぐって次第に興奮につつまれてきます。サッカーや野球のリーグ開幕戦或いは証券市場のスタートを迎える時と同じように、開幕期の「初値」(市場が開かれて最初に成約した価格)を占って巷(ちまた)のあちらこちらで「賭け」が行なわれたりして、だんだん街中が何となく騒がしくなって来ます。ウールシーズンの開幕と同時に各地の競売市場ではほとんど一斉に、北半球の買手側情報と南半球の売手側情報とが火花を散らしてぶつかり合うことになります。したがって、各地の市場から報道してくる「タイプ」毎の売手買手の取り組み具合や取引価格等の情報から、今後の北半球の製造加工業界や繊維業界全般の動向と経済情勢の成りゆき、あるいはバイヤー各国の財政状態や外貨事情等の予測指標を読みとろうとして、ウールの売買取引に直接関係していない綿花・合繊等の関係者や一般のエコノミストたちまでが、開幕後しばらくの間の市場動向に情報や論議をかわしながら喧噪と興奮の中で「ウールシーズン」がスタートしてゆくのです。

(3)市場の変動-天候気象条件

 ウール市場等商品市場の動向に最も影響を与えるのは、季節・天候・気象条件の異常変化です。豪州では、時折広大な地域にわたって旱魃(かんばつ)や長雨による洪水等の災害が発生します。この様な異常気象は羊の健康に大きな影響を与え、ウールはその時期だけ成長を中止してしまうために一本一本の繊維が部分的に細く萎(な)えてしまって、引っ張るとすぐ切れるような貧弱なウール(「テンダー」と呼びます)になってしまいます。この様な「強伸度」の弱いウールは毛糸として紡ぐことが出来ないので正常品として出市できなくなります。そうなると、被害のでた地域の市場や被害の多い「タイプ」の出市量が減少したり、代替しようとする他の「タイプ」に買付けが集中したりして、他の市場や海外市場まで開幕前から混乱の様相を呈してくる訳です。

(4)需給関係による市場の変動

 ウール市場にとって天候や季節の異常変化は不可避な自然条件ですが、普通市場の動向を決定するのは需給関係です。売手側の出市量(供給量)と買手側のオフアー量(買付予定を示す量:需要量)が競売市場で「タイプ」毎に、どのように絡み合うかによって相場価格が決まってきます。特定の「タイプ」の出市量が買付オファー量を上回れば、相場価格は下がり、反対に買付オファー量が出市量を上回れば、相場価格が上昇します。東西冷戦時代に、旧ソ連や中国が豪州や南米のウール市場に突然参入してきて、ウールを運ぶ商船団を港外に待たせておき、ニット衣料用と推定される特定の「タイプ」に集中して買い付けた結果、相場価格はいっペんに急騰し、買付が済むと又急落する等、各地の市場を混乱状態に陥れたことが再三ありました。この様な特需用買付による変動は当時の政治情勢を如実に反映したものでした。

(5)市場構造の変化

 第二次世界大戦後、化合繊の出現と共に私たちの衣料生活には大きな変化が始まりました。更に女性の社会進出によって衣料消費は大いに促進され、自動車や電化製品の普及によって生活様式が一変しました。1980年代に入って"ファッション"の潮流が衣料の軽量化と多様化を進め、先進国の人々の着る衣服の品質素材や色相形状が季節毎にどんどん変化して、毛織物はいよいよ薄手に、毛糸は益々細い番手に重点が移って行きました。その結果、北半球の先進羊毛工業国は日本を先頭にして、梳毛用細番手の「メリノ種」ウールに買付を集中しながら全体の購入量は減退し、紡毛用太番手の「雑種」ウールに対する買付は急速に減少して行く傾向が続いています。オイルショック前後から、この様なウールの生産供給と消費需要のバランスがこわれるたぴに、多くの牧羊業者は一部の羊を食肉用に売却したり殺してしまったりして生産調整をはかったことが何度もありました。しかし、それでもなかなか調整がつかず毎シーズン競売市場で売れ残った在庫が滞留して、そのために次のシーズンも更に競売価格が低迷して、ついに牧羊業者の生産コストを割り込んだ状態から抜け出すことが困難となってしまいました。結果として牧羊業者の中には転廃業するものが相当出てくるようになってしまったのです。

6.豪州政府のウールマーケッティングプラン


 オイルショックを契機にして、既に世界中の経営資源市場で始まっていた"市場構造の変革"は、ウール市場にも"激動の時代"が到来していることを私達にはっきり認めさせるものでした。北半球のウールの需要と南半球のウールの供給を、今までどおりの"自由競争の市場原理"に任せておいては、相場価格の急変と低迷のために牧羊業も製造加工業も安定した経営をつづけることは到底難しいことを強く危機感として持つようになりました。

(1)AWC(豪州羊毛公社)の活動

 1963年頃から豪州政府主導で南北間の国際的な議論に多くの時間と労力が使われてきましたが、結局政府によるウール市場の管理政策が実施されることになり、1973年豪州羊毛公社(略称:AWC)が設立されました。

①牧羊業者の利益を保証して安心してウールの生産がつづけられるように最低支持価格制度(フロアプライス制度)を実施する。
②羊の血統種の改良、飼育条件の改善、出市準備のために科学的なテスト資料を整備し近代的な品質管理手法を指導して、牧羊業者の労働コストや物流費用を合理化する
③国際羊毛事務局(略称:IWS)と提携して、北半球消費市場の製造加工業者や流通業者あるいは一般消費者に対して技術支援やマーケティング活動を積極的に展開することによりウール需要の促進を図る。

以上のような管理政策によって先ず生産業者をはじめ関係業界のウール市場に対する信頼性を取り戻そうと計画しました。そして、これらの活動に必要な資金は、牧羊業者の販売代金に課せられる賦課税(ウール税)と政府の援助資金によって賄われることになったのです。

(2)最低支持価格制度(フロアプライス制度)

 南北の間で多くの議論と折衝が繰り返された末、1974/1975年度シーズンから「最低支持価格制度(フロアプライス制度)」が導入され、1991年廃止されるまで17年間も続くことになりました。「最低支持価格制度」とは、ウールシーズンの開幕に先立って羊毛公社が、繊度(ミクロン)別に市場介入を行なう予定価格を公表しておきます。もし競売市場の相場価格がこの市場介入価格近くまで落下してくると羊毛公社が競売市場からウールを買付けて在庫するので出市量が減少して、相場価格は持ち直します。もし相場価格が急騰すると、この買い上げた在庫をその都度適量放出して出市量をふやし相場価格を下げることによって市場安定をはかろうとする制度でした。やがて世界的に「複合不況」がやって来て繊維製品市場の価格変動や需要構造の変化が繰り返され繊維間の競合が益々深刻化して行くにつれてウールに対する需要は減少につぐ減少で相場価格は低落をつづけたのです。したがって、毎シーズン羊毛公社の買い上げ在庫は溜まる一方となり、1990年を終わる段階で一年分の出市量とほぼ同量の在庫が繰り越される状況になってしまいました。そこで1991年4月にはついに「最低支持価格制度(フロアプライス制度)」を廃止して市場介入を止め、ようやく昔の自由市場に戻ることになったのです。このような事態になったのは、牧羊業者達がウールの需給関係を無視して毎シーズン公表される「支持価格」を「目当て」にしてウールの増産に走った為であることは明らかでしたが、市場相場は政府や関係業界のいろいろな努力にもかかわらず決して回復しようとはしませんでした。

7.ウール市場の再建プラン

 1993年豪州国立大学ガーノウ教授によって「豪州羊毛産業再建案」が提案され、その趣旨に添って豪州政府は「新しい市場づくり」の主導的立場に立つことになりました。この基本構想が実現されている状況は次の通りです。

(1)買上在庫の計画的な販売消化

 政府の買上機関であったAWC(豪州羊毛公社)を解体して、WI(ウール・インターナショナル)が設立され在庫販売だけに限定した機関として特化しました。1991年2月現在約477万俵あった買上在庫を毎シーズン四半期毎に定量づつ消化する計画を公表して2000年まで全量販売完了することを決定しました。同時に旧AWCが抱えている政府からの借入金負債を1998年末までに返済する計画を発表し、競売市場の相場価格に影響を与えない為の買上在庫に対する明確な「枠組み」をつくったのです。此の「枠組み」の実行計画によって、生産業者も製造加工業者もウール市場に対する信頼感を取り戻すことが最大の狙いとなりました。その結果、1995/96年シーズンを終って在庫は227万俵まで減少し、既に半分以上も消化が進んでいます。また負債の方も1996/97年シーズン以降計画通り定量販売が進めば予定どおり完済されることになる状況です。このWIは2000年以降民営化される予定で、それまでに羊毛税を支払った金額に応じて「グローワー」に出資権利を与えることになっています。民営化後のWIの機能は通常のトレーディング・カンパニーになる構想が掲げられていますが、在庫販売に専門化した後のシナリオはこれから検討される段階です。

(2)ウールの生産と消費を連結するAWRAP

 ウールはそれ自身が非常に優れたキャラクターを持っているいわゆる"プレミアム・ファイバー(付加価値のある繊維)"です。したがって、目的に適合するように生産工程や製造加工工程が管理されてこそ初めてキャラクターの優れたウールが生産され付加価値の高い製品が製造できるのです。このような考え方でAWRAP(豪州羊毛調査研究販売促進機構)が設立され、1996年以降IWS(国際羊毛事務局)の業務を統合して需要家優先のウールに関する調査、開発研究及び販売促進を行なうことになりました。牧羊業者は、今までの様に手作業だけに頼った主観的な判断による品質管理やともすれば牧羊経営を政治的な問題解決に求める姿勢を切り替え、自由競争の市場原理に基づいて自らの判断で生産調整を行なうぐらいの強い決心で経営に当たることが必要な情勢となっています。AWRAPは牧羊経営の近代化や科学的な管理手法によってウールの品質管理や生産性向上を進めようとする牧羊業者に対して必要な調査や開発研究の技術指導援助を政府の後押しによって行なう役目をもっています。さらにAWRAPは事実上IWSとして世界的な規模で製造加工業者や流通業者等の需要家あるいは一般消費者に対して技術援助や販売促進を行ない、ウールの需要全体をさらに拡大する役割を果たそうとしています。したがってAWRAPはWIの活動と共にウールの生産から消費にいたるまで一貫したサイクルの輪を大きく拡大する目的で、牧羊業者を従来よりも需要家や消費者サイドに強く引き寄せる形をとりながら両者をリンク(連結)しようとしているのです。1797年に羊が豪州大陸に上陸してからちょうど2世紀の歳月にわたって築きあげた"ウールのネットワーク"を変革して、羊と私たちはただ今から、21世紀に向かって"新しい市場づくりの旅"に出発することになったと言っても過言ではないでしょう。

註1:「洗上工程」後の「歩留」
 製造加工業者が購入した「脂付羊毛」を洗浄する工程を「洗上工程」と呼びますが、洗浄する前の「脂付羊毛」に対して洗浄後の「洗い上げ羊毛」の重量比率を「洗上歩留」と呼んでいます。「グローワー」や「ウールブローカー」が出市予定のウール俵から採取したサンプルを試験した結果にもとづいて、出市ロット全体の「洗上歩留」の推定値を算出して表示し、バイヤーがサンプルと共にウールの品質や価格を評価しやすいようにしています。

註2:植物性繊維等の夾雑物混入の程度
 羊が牧場の中で放牧されている間に、土砂と一緒に枯草や草の実等のような植物性繊維が羊毛に付着したり、あるいはウールを梱包し輸送している時にウール俵素材のポリプロピレンや麻などの他繊維が羊毛に絡んで付着します。この様な夾雑物は加工工程に投入する前に除去しないと一度糸や織物の中に絡み込んでしまうと取り除くことが非常に難しくなり、染色後、植物性繊維や他繊維が染着されずに残って毛糸や毛織物の疵や欠点の様に見えて着用性を非常に阻害します。したがってバイヤーは「脂付羊毛」の状態でなるべく他繊維混入の程度の少ない、清潔度の高いロットを選択します。ウールの製造加工時の品質管理にとっては非常に重要視される項目です。

資料提供:ザ・ウールマーク・カンパニ ー(IWSマンスリー連載より)




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