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Ⅷ:「絡み合い」の構造と機能

1:「絡み合い」のメカニズム

藤井一義 (マネジメント・コンサルティング取締役)
 メソポタミアで私達の祖先がウールを叩いたり転がしたりしてフェルトを生産していた頃、もうひとつの世界文明発祥の地エジプトではナイルの川辺に茂る「パピルス」(葦の一種)の茎の小片を棒で叩き、茎の髄を構成している繊維を絡ませ円い石でこすりながら薄くして「パピルス」(洋紙の原型)を生産していました。(註1参照)

 フェルトは動物性繊維、「パピルス」は植物性繊維で、両方とも振動や衝撃等の原始的な手段によって「絡み合い」の構造体を生産し世界文明を創造してきた事実は、文明の歴史的同時性といってもよい不思議な感動を私達に与えます。

 二次大戦の頃まで、ウールは天然繊維の中で最もバランスのとれた繊維であること、ねじれ曲がった形状から縮充性、弾力性,成型性が非常に優れていること等、他繊維の特性と比較して相違点を強調することに重点が置かれてきました。

 ところが1953年京大堀尾正雄博士、近土隆博士によってウール繊維の分子構造と機能に関する特性が科学的に明らかにされました。当時ウールを人工的に再現した合成繊維の開発成功とタイミングが一致して、改めてフェルトの「絡み合い」の構造を工業開発する方向付けが一挙に進んだわけです。

 機械や道具も使わずウール繊維は一体どうして三次元的に“絡み合う”ことが出来るのか。また現在フェルトはどんな機能や役割を果しながら、私達の社会生活とどんな関係に立っているのかについて改めて考えます。

(1)ウール繊維の分子構造と特性


 健康な羊から刈り取ったウールをミクロ的に見ると、外側は「スケール」(鱗片細胞)と呼ばれる「表皮層」と、内部は「コルティカル細胞」と呼ばれる「皮質部」で構成されています。

 「表皮層」の表面は無数の「スケール」がちょうど魚の「ウロコ状」に毛根から毛先の方向へ規則正しく突き出て重なり合っています。

 「スケール」の一番外側は硬い薄い膜で覆われ、水滴等をはじく性質(撥水性)を持っています。(註2参照)

 内側は硬い「外表皮」と柔らかい「内表皮」がつなぎとめられていて、いずれも水分を吸う性質(親水性)を持っています。したがって「表皮層」だけで撥水性と親水性の矛盾した性質と生理機能を備えているのです。

 「皮質部」は二種類の「コルテックス」で構成され、一方は酸性を好み片方は塩基性を好みます。一本の繊維でありながら、ちょうど紅白の「かまぽこ」を張り合わせたように、相反する性質の「コルティカル細胞」が「二重構造」の「皮質部」を構成して、水分、温度、染料等に対して違った反応を起こすことになります。(註3参照)

(2)「クリンプ」の特性


 「コルティカル細胞」は両方とも非常に微細な「原繊維」が集合した繊維細胞で構成されていて、親水性を持っています。

 「原繊稚」はウール繊維の最も原単位となる細胞で、多くのアミノ酸が「らせん型」の鎖状に結びついた硬蛋白質(ケラチン)です。したがってウール繊維は構造面からどんな方向にも曲がれる柔軟性とスプリングのような弾力性を備えているわけです。

 牧場の立地条件や気象条件によって土壌、水、牧草等に含まれる酸性やアルカリ性成分が変化するのに対して親水性を持っている表皮層も皮質部も敏感に反応して、特に皮質部の二重構造は成長の度合いに微妙な変化を生みます。

 ウールの成育に伴って繊維の二重構造による成長度の相違が変化に変化を重ねて、繊維細胞はまっすぐ伸びずスパイラルにねじれてスプリング状の「縮れ」を作り出します。

 この細かいスプリング状の「縮れ」を「クリンプ」(捲縮)と呼び、ウール以外の繊維には見られない形状で、ソフトでありながら弾性値の高い復元性を持った機能を発揮してフェルトの構造体を作り上げるわけです。

(3)「絡み合い」の構造形成


 スケールとクリンプはウール繊維同士が“縮み合う”のに最適の条件を作り出しています。

 ウール繊維を同一方向に梳き揃える時、繊維全体を覆っている無数のスケールが毛先の方向に突き出て重なり合っているため、繊維軸に沿って毛根から毛先へ向かうほうが毛先から毛根へ向かうよりも摩擦抵抗が少なく円滑に梳ける性質があります。実際に毛先から毛根の方に梳いてみるとスケールに引っかかって抵抗が多く、非逆進性のあることがわかります。

 フェルトの製造中、準備調合されたラップ(積層)をロットごとに不規則な方向に積み重ね、まず水分と熱を与えさらに振動と圧力(もみ作用)を与えると、繊維はラップの垂層の中でそれぞれ自由に動ける空間を求めて曲がりながらうねるように移動し始めます。

 長い繊維は繊維軸に沿って二次元方向へ、短い繊維は三次元方向に移動します。

 繊維に与えられる振動と圧力に対して毛先方向と毛根方向にはスケールの摩接抵抗に差がありますから移動する距離にも差が生じて、繊維群の中に先行するものや遅行するものが出てきますが、もう以前の状態には戻れなくなっています。

 縮充工程に入ってさらに振動と加圧が繰り返されると繊維全体の体積が次第に縮小して、クリンプとクリンプの接触は多くなり、スケール同士の絡み合いがきつくなってますますフェルト化が進みます。

 水分の中に酸性やアルカリの助剤を加え熱が与えられると、親水性を持っている繊維の表皮層も皮質層も刺激されて、スケールは口を開き皮質部が水分を吸収して繊維はふくらみ(湿潤と呼びます)クリンプは一層、曲がりやすくなります。

 すると繊維同士は余計にスケールが引っかかりやすく絡みやすくなって、ますます繊維は自由度がなくなるまで充填され、密度は上昇してゆくわけです。

(4)フィルター機能


 フェルト=多孔質構造の最も基本的な機能はフィルターです。杯に注ぐだけで私達の心を陶酔させる透明なワインが醸造できたのは、一片のフェルトによって「篩(ふるい)作用」という濾過機能が働いたからです。

 「篩作用」とはぶどうの「しぼり滓」のような固体粒子の入った液体(ワイン)をフェルトに注ぐと繊維と繊維の間の「細孔」に、先ず大き目の粒子が付着して“粒子のブリッジ”ができます。(これを「一次付着層」と呼びます)この「ー次付着層」がその後からやってくる粒子を分離する機能を指しています。

 フェルトの表面に「一次付着」ができるだけくっついて出来るように、当初はゆっくり粒子の入った液体を注ぎます。フェルトの密度が粗く、したがって「空隙」と「細孔径」が大きくても「細孔」に付着した「一次付着層」は次々に起こす「篩作用」で「細孔径」よりもさらに一層細かい粒子を分離できます。(註5参照)

 濾過の対象をインクやオイル等にかえ、煤煙のような気体や粉体にかえてフィルターの用途を次のように分類します。

①バッグフィルター;セメント工業や鉄鋼業等で使用される集塵機に代表されるフィルターです。フェルトの表面に一定量の粒子が付着すると、機械による振動や逆庄等の方法で洗浄し、「分離—洗浄—分離」を繰り返し“フィルター効果”を続けます。

②層状フィルター;「篩作用」によらず粒子をフェルト内部に入れて、繊維と固体粒子を衝突させることによって粒子を分離捕捉します。空気清浄機や自動車のエアクリーナー等に使用され、洗浄作業が困難なので部品交換を行ないます。

③防塵マスク;層状フィルターの一種ですが、フェルトを構成する繊維に静電気を帯電させ粒子を静電気吸着させて分離します。

(5)多孔質構造の特性機能


[保液ウイツク機能〕
長時間液体(インクやオイル等)を多孔質構造の中に吸収保持したり、毛細管現象を利用して移動させる(ウイック性と呼びます)機能です。元来ウール繊維は温湿度に対して耐候性があり、長時間使用しても老化劣化の心配が少ないのでフェルトペン先、スタンプパッド、自動販売機の印字ローラー、鉄道車輌や運搬車の給油芯等に使用されます。

〔緩衝機能];ウール繊稚はクリンプによって伸長率や復元率が高く弾性値が非常に大きい上、フェルトの多孔質構造は細孔の中に常に空気を多く含んでいるため、衝撃や庄力によって加えられたエネルギーを吸収する“クッション効果”が優れています。したがって防振材、振動吸収材、緩衝材料等に利用され、ダストやオイルを保有し透過を止めて自動車変速機のオイルシール等シールパッキング材として使用します。

〔摩擦機能];フェルトは密度調整によって接触面の摩擦係数を対象にしたがって幅広く変更できます。その上柔軟性や弾力性が優れ摩托度の経時変化が均一で常に接触面が更新されるため、精密度の要求されるガラス、TVブラウン管、光学レンズ、貴金属等の研磨材あるいは電話機、タイプライター、オーディオの回転板カバー、テンション装置等に使用されます。

〔保温断熱機能];ウール繊維の熱伝導率が本来低いのに加えて、空隙率が高く多くの空気を細孔の中に保有できるのでフェルトは内部に多量の空気を含む膜構造を作れることになります。したがって保温、保冷、断熱効果を持ち工場や船舶内のパイプ用あるいは車輌、ビル等の各種断熱材として利用されます。

〔音響吸音横能〕;多孔質構造は吸音性を高め音響の透過率を大幅に下げるので、事務所、工場、ホール、航空機、自動車等の防音材として効果的です。
 ウール繊維の特性と多孔質構造のメカニズムとのマッチングの究極に楽器用フェルトがあります。

 ピアノ用ハンマーフェルト(打弦用)とダンパーフェルト(消音用)は、瞬時に全く反対の機能を果しながら、ピアノ特有の多声的で豊かな「音色」を創造することによって音楽の世界を一般市民の中に発展させた博大な功績を忘れることが出来ません。

 ワインの濾過布から誕生したフェルトは近代資本主義社会の発展に沿って多種多様な素材機能を私達に提供してきました。しかし20世紀後半からのコスト競争に堪え切れなくなった現実を踏まえて、素材を合成繊維に変え製造方法を「ニードル方式」に変えて現在は「多孔質構造」の原型を維持しています。

 おそらく21世紀も私達は「絡み合いの構造」が秘めているさらに新しいメカニズムを追求して、開発の努力を進める時代を迎えることでしょう。

註1:パピルスの作り方:ライフ人間世界史「古代エジプト篇」p143に記載されています。(タイムライフインターナショナル出版事業部発行)
註2:撥水性:たのしい羊毛講座(別宮不二雄・北原彰廣共著・日本繊維新聞社発行)p37「いつもきれいな羊毛」を参照してください。
註3:コルテックス:同著p32「優等生ならではのすばらしい着心地」を参照してください。
註4:クリンプ(捲縮):略図「羊毛繊維のクリンプ」を参照してください。
註5:篩作用:略図「締作用による一次付着層形成状態」(日本フェルト工業作図)を参照してください。
註6:ニードル方式:合成繊維のラップの重層に「バーブ」と呼ばれる逆トゲのついた針を上から刺し込み、繊維を引っかけては刺し込む作業を繰り返してフェルト状の多孔質構造を作ります。出来上がった製品は「ニードル・パンチ・フェルト」と呼ばれます。


資料提供:ザ・ウールマーク・カンパニ ー(IWSマンスリー連載より)





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