【羊毛講座1】国家経済を左右した毛織物貿易【藤井一義】

8.南北に分かれたウールと私たちの関係

東西両ルートを辿った羊と私達の遍歴は、結局南半球を中心にした牧羊事業の展開によって目的を果たしました。しかし、羊が北半球から帆船に載せられて遠路はるばる南半球に運ばれて来て以来、ウールの生産と消費との関係は全く分立した格好になってしまいました。北半球でかつては農村や町の周囲で羊が飼育され、刈り取られたウールがそのまま近くの工場に運ばれて、毛糸や毛織物になってゆくのが、私達の日常生活のすぐ側で行なわれていた当時の羊やウールに対する「思い入れ」は、どんどん失われて遠ざかってゆかざるを得ませんでした。一方、南半球では、羊も私達も長い船旅の疲れをいやす暇もなく、牧羊地を建設し、連れてきた羊を原野に放つと、すぐに羊の頭数を増やし、真っ白な細くてしなやかなウールを出来るだけたくさん刈り取ることや、ウールをどうやって有利に売り捌くか等の問題に頭を悩まさざるを得ませんでした。このようにして、ウールの生産地から見たヨーロッパと、ヨーロッパから見たウールの生産地とは、いままで経験してきたようなウールと私達との関係とはすっかり違ったものになって、その意味でも「新しいウールの世界」が始まることになりました。今日、南半球の全大陸に広がっている「ウールの生産供給市場」と北半球全地域で展開されている「ウールの製造消費市場」が、「ネットワーク」として機能的に活動出来る基礎を「綜画運動」以来約4世紀にわたって作り上げながら、羊とともに始まった私達の長い旅はとうとう終りを告げたのです。

註1:梳毛織物
毛織物の製造方法には「梳毛(そもう)式」と「紡毛(ぼうもう)式」の2種類があります。梳毛織物は梳毛式紡績で紡糸された細い毛糸(梳毛糸)を使って製織した薄手の織物生地で、一般に「ウーステッド」(WORSTED)と呼んでいますが、紳士用や婦人用のスーツ生地として、広く使われています。梳毛織物に対して紡毛織物は紡毛紡績で紡糸された比較的太い毛糸(紡毛糸)を使って製織した厚手の織物生地で、オーバー生地や毛布等に使われます。このように製織までの製造方法は「梳毛式」と「紡毛式」とに区別されますが、毛織物に製織されてから以降は、毛織物の最終用途にしたがって染色、整理、仕上げの製造方法が複雑にそしてデリケートに組み合わされた作業が行なわれます。

資料提供:ザ・ウールマーク・カンパニー(IWSマンスリー連載より)
註2:「中産的生産者層」(マニュファクチャー)
イギリスの毛織物工業の名実ともに「創業者」となった「中間的生産者層」(マニュファクチャー)は、ヨーロッパの他地域にも例を見ることが出来ますが、イギリスにおいて典型的な成長を遂げました。

14世紀末イングランドでは、既に農地制度をはじめ封建時代からの規制が崩されてゆく頃でしたが、まず「自営農民」群の中から、毛織物の輸出需要を目当てに毛織物の生産によって生計をたてようとする、いわば小さな「親方職人」が多勢現われてきました。15世紀から16世紀にかけての新大陸需要を受けて、彼等は半農半工の姿から毛織物生産を主体にした自営独立の地盤を固めながら、ますますその数を増やしてゆきました。「中産的生産者層」(マニュファクチャー)とは、まず農村に住んで小区画地で農耕をしますが、穀物の生産よりもむしろ毛織物を生産し加工賃を稼ぐことを主な収入にして生計を立てていたこれらの「小さな親方職人群」を総称しています。彼等は自前の小さな規模の工場で、婦人や子供を含めて僅か2人か3人の「下級職人」を賃金形式で雇い入れ(その意味で「親方職人」でしたが)「手づくり作業」によって協同しながら毛糸を紡いだり、毛織物を織ったりする生産形態をとっていました。

したがって、このような「中産的生産者層」(小さな「親方職人」)の人々と、「親方職人」をとりまく「下級職人」群が行なっていた生産形態のことを併せて「マニュファクチャー」(MANUFACTURE)という同じ名称で呼んでいます。雇う側の「小さな親方職人」と雇われる側の「下級職人」との関係は、農村の地主と農奴、ギルドの親方職人と徒弟のように身分の拘束関係はなく、労力の提供の代償として賃金を受け取る関係で結ばれていました。やがて17世紀から18世紀にかけて彼等は産業資本として本格的な工場制生産に成長してゆき、「資本家」と「賃金労働者」の二極をつくりました。当時強力な金融支配力を持っていた問屋や高利貸商業資本の拘束を脱しようとして、勤労による生産利益の向上につとめ、自由独立の気風に溢れた、規模は小さくともすぐれた工業家集団だったのです。

資料:大塚久雄著作集第二巻「近代欧州経済史序説」および
第五巻「資本主義社会の形成2.」(岩波書店発行)

大塚久雄著「歴史と現代」(朝日選書143朝日新聞社発行)

資料提供:ザ・ウールマーク・カンパニー(IWSマンスリー連載より)
註3:歩留(ぶどまり)
使用した原材料に対する製品の出来上がり比率のことです。ウールの加工工程では、脂付(あぶらつき)羊毛を洗浄する工程の「洗い上げ歩留」、洗い上げ羊毛を梳(す)いて「トップ」と呼ぶ篠(しの)状のウールにする工程の「梳毛歩留」等、工程ごとに「歩留」による品質や原価の管理を行なっています。

資料提供:ザ・ウールマーク・カンパニー(IWSマンスリー連載より)

著者:藤井一義(マネジメント・コンサルティング取締役)
1924年大阪府生まれ。1948年東京大学経済学部卒業とともに日本毛織に入社。主として輸出毛織物畑を歩き、アメリカ向け毛織物輸出の全盛期には伊藤忠商事の堀田輝雄氏(前副会長)とともに、輸出業界のリーダー格として活躍。取綿役に昇格後、1975年 ニホンケオリアルへンティナ社長、1979年 中嶋弘産業(現ナカヒロ)社長なども歴任。中嶋弘産業退職後、1991年から(株)マネジメントコンサルティングアソシエイツのシニア・アソシエイツとして、コンサルティング・ビジネスに取り組む。

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