【羊毛講座2】ウールを供給する人々【藤井一義】

7.ウール市場の再建プラン

1993年豪州国立大学ガーノウ教授によって「豪州羊毛産業再建案」が提案され、その趣旨に添って豪州政府は「新しい市場づくり」の主導的立場に立つことになりました。この基本構想が実現されている状況は次の通りです。

(1)買上在庫の計画的な販売消化

政府の買上機関であったAWC(豪州羊毛公社)を解体して、WI(ウール・インターナショナル)が設立され在庫販売だけに限定した機関として特化しました。1991年2月現在約477万俵あった買上在庫を毎シーズン四半期毎に定量づつ消化する計画を公表して2000年まで全量販売完了することを決定しました。同時に旧AWCが抱えている政府からの借入金負債を1998年末までに返済する計画を発表し、競売市場の相場価格に影響を与えない為の買上在庫に対する明確な「枠組み」をつくったのです。此の「枠組み」の実行計画によって、生産業者も製造加工業者もウール市場に対する信頼感を取り戻すことが最大の狙いとなりました。その結果、1995/96年シーズンを終って在庫は227万俵まで減少し、既に半分以上も消化が進んでいます。また負債の方も1996/97年シーズン以降計画通り定量販売が進めば予定どおり完済されることになる状況です。このWIは2000年以降民営化される予定で、それまでに羊毛税を支払った金額に応じて「グローワー」に出資権利を与えることになっています。民営化後のWIの機能は通常のトレーディング・カンパニーになる構想が掲げられていますが、在庫販売に専門化した後のシナリオはこれから検討される段階です。

(2)ウールの生産と消費を連結するAWRAP

ウールはそれ自身が非常に優れたキャラクターを持っているいわゆる”プレミアム・ファイバー(付加価値のある繊維)”です。したがって、目的に適合するように生産工程や製造加工工程が管理されてこそ初めてキャラクターの優れたウールが生産され付加価値の高い製品が製造できるのです。このような考え方でAWRAP(豪州羊毛調査研究販売促進機構)が設立され、1996年以降IWS(国際羊毛事務局)の業務を統合して需要家優先のウールに関する調査、開発研究及び販売促進を行なうことになりました。牧羊業者は、今までの様に手作業だけに頼った主観的な判断による品質管理やともすれば牧羊経営を政治的な問題解決に求める姿勢を切り替え、自由競争の市場原理に基づいて自らの判断で生産調整を行なうぐらいの強い決心で経営に当たることが必要な情勢となっています。AWRAPは牧羊経営の近代化や科学的な管理手法によってウールの品質管理や生産性向上を進めようとする牧羊業者に対して必要な調査や開発研究の技術指導援助を政府の後押しによって行なう役目をもっています。さらにAWRAPは事実上IWSとして世界的な規模で製造加工業者や流通業者等の需要家あるいは一般消費者に対して技術援助や販売促進を行ない、ウールの需要全体をさらに拡大する役割を果たそうとしています。したがってAWRAPはWIの活動と共にウールの生産から消費にいたるまで一貫したサイクルの輪を大きく拡大する目的で、牧羊業者を従来よりも需要家や消費者サイドに強く引き寄せる形をとりながら両者をリンク(連結)しようとしているのです。1797年に羊が豪州大陸に上陸してからちょうど2世紀の歳月にわたって築きあげた”ウールのネットワーク”を変革して、羊と私たちはただ今から、21世紀に向かって”新しい市場づくりの旅”に出発することになったと言っても過言ではないでしょう。

註1:「洗上工程」後の「歩留」
製造加工業者が購入した「脂付羊毛」を洗浄する工程を「洗上工程」と呼びますが、洗浄する前の「脂付羊毛」に対して洗浄後の「洗い上げ羊毛」の重量比率を「洗上歩留」と呼んでいます。「グローワー」や「ウールブローカー」が出市予定のウール俵から採取したサンプルを試験した結果にもとづいて、出市ロット全体の「洗上歩留」の推定値を算出して表示し、バイヤーがサンプルと共にウールの品質や価格を評価しやすいようにしています。

資料提供:ザ・ウールマーク・カンパニー(IWSマンスリー連載より)
註2:植物性繊維等の夾雑物混入の程度
羊が牧場の中で放牧されている間に、土砂と一緒に枯草や草の実等のような植物性繊維が羊毛に付着したり、あるいはウールを梱包し輸送している時にウール俵素材のポリプロピレンや麻などの他繊維が羊毛に絡んで付着します。この様な夾雑物は加工工程に投入する前に除去しないと一度糸や織物の中に絡み込んでしまうと取り除くことが非常に難しくなり、染色後、植物性繊維や他繊維が染着されずに残って毛糸や毛織物の疵や欠点の様に見えて着用性を非常に阻害します。したがってバイヤーは「脂付羊毛」の状態でなるべく他繊維混入の程度の少ない、清潔度の高いロットを選択します。ウールの製造加工時の品質管理にとっては非常に重要視される項目です。

資料提供:ザ・ウールマーク・カンパニー(IWSマンスリー連載より)

著者:藤井一義(マネジメント・コンサルティング取締役)
1924年大阪府生まれ。1948年東京大学経済学部卒業とともに日本毛織に入社。主として輸出毛織物畑を歩き、アメリカ向け毛織物輸出の全盛期には伊藤忠商事の堀田輝雄氏(前副会長)とともに、輸出業界のリーダー格として活躍。取綿役に昇格後、1975年 ニホンケオリアルへンティナ社長、1979年 中嶋弘産業(現ナカヒロ)社長なども歴任。中嶋弘産業退職後、1991年から(株)マネジメントコンサルティングアソシエイツのシニア・アソシエイツとして、コンサルティング・ビジネスに取り組む。