【羊毛講座3】ウールを製造加工する人々【藤井一義】

(1)羊毛輸出から毛織物輸出ヘ

イギリス王朝はかねてから牧羊業に加えてウールを製造加工して毛織物を生産するノウハウを海外先進国から学びとろうとする意欲をもっていましたが、1330年代にはわざわざ法令を出して南ネーザーランドから毛織物製造技術者の移住を迎え入れています。彼等はイングランドの都市や農村に住み着いて職人達を指導し、その後の毛織物工業の発達に大いに貢献することになりました。

王朝は画期的な政策を14世紀半ば頃から15世紀半ば頃までに次から次へと継続して採用し羊毛輸出から毛織物輸出への転換をはかりました。15世紀末には新大陸と東インド新航路が発見され、これが「引き金」となって「商業革命」がヨーロッパを吹き荒れたのですから、この政策転換はイギリスの毛織物工業にとっても、ひいてはイギリスの国家経済にとっても、ギリギリのタイミングで行なわれた方向転換の決断であったと言えるように思われます。

転換政策の第一歩は先ず羊毛原料の輸出と外国製毛織物の輸入とに対して禁止的と言ってもよいくらいの関税を賦課しました。そして関税対策と併行しながら1370年代から14世紀末にかけて羊毛原料や毛織物の貿易に関連して外樹商業資本に与えられてきた多くの特権を排除したり停止する措置に踏み切って、国内市場を外国商業資本の手からイギリス自身の手に取り戻す対策が実施されていったのです。

さらに14世紀末頃には従来羊毛輸出を独占してきた羊毛商とは全く別に、新興商人達を対象にして「毛織物商」(Drapers)と言われる商人層と、実質「商人ギルド」ですがカンパニーと呼ばれる名称のもとに「毛織物商組合」(Company of Drapers)がイングランドの主要都市に設立されました。そしてこれらの主要都市には「毛織物市場」(Cloth Hall)が設置されたのです。もちろん「毛織物商組合」には国内市場で毛織物を独占的に取り引きできる特権が与えられたことは言うまでもありません。

註1)自治都市:ヨーロッパ封建時代に政治的独立体として、認められていた都市を指しています。

註2)商人ギルドと工匠ギルド:ライフ人間世界史第V巻ルネッサンスP75〜79(タイムライフインターナショナル出版事業部発行)を資料としています。なおギルドとは、9世紀前後の頃からヨーロッパに自生した同職組合あるいは同業組合で、構成メンバーの権利を保護するための組織からスタートしました。

註3)明礬:ウールを染色する時に使用する媒染剤です。ウールの繊維の中に直接染料を固着出来ないので、はじめにウールを明礬液に浸しておきその後染料を使って染着させます。

註4)羊毛工業:ウールの生産から毛織物の製造までを総称して羊毛工業としました。

資料提供:ザ・ウールマーク・カンパニー(IWSマンスリー連載より)

国内市場対策に続いて1407年には毛織物輸出を独占的に扱う毛織物輸出商組合「マーチャント・アドベンチャラーズ組合」(Company of Merchant Adventurers)が組織されたのをはじめ、16世紀から17世紀にかけて毛織物工業の急速な発達と毛織物輸出への転換の成功とに呼応しながら、次々にカンパニーが作られてゆきます。
(註1:カンパニー参照)

結局、既成の商人層とギルドとは全然離れた市場で新興商人層をメンバーとする新しいカンパニーの活躍を期待して、毛織物の国内市場を活性化しその補完として海外市場を広く確保することによって、毛織物工業を出来るだけ早く成長させようとする国内産業保護のための重商主義政策だったのです。

このようにしてイギリス王朝は新興商人層とカンパニーの活躍による世界貿易システムを実現しながら毛織物工業を中軸においた国家経済力の増強策を着々と実行してゆきましたが、現実にその成果は非常に早いスピードであがってゆきました。しかしながらその成果とは裏腹に一連の重商主義政策を取らなければならなかったもう一つの重要な背景事情が王朝の中に秘かに存在していました。

(2)国内市場の奪回

14世紀半ば頃までイギリスを代表する最大の国際商品は、言うまでもなく羊毛原料で、羊毛商組合が独占している質易事業でした。ところが輸出取引額の内容を見ると、約3分の2近くが北部イタリア、北部ドイツのハンザ同盟、あるいはフランダース等の外国資本の手に握られており、イギリス羊毛商の占めている実質の取引シェアや利益配分は全く話にならないほど僅かだったので、イギリスを代表する事業と言いながら意外に思われるほど外国商業資本による寡占化が進んでいたのです。

しかもこれらの外国商業資本は随分古くからイギリス国内市場の中で羊毛原料や毛織物(未仕上げ反)の顧客業者として重要な地位を占めていたばかりでなく、その地位を利用して金融業者としてイギリス王朝の財政の奥深く食い込んでしまっていました。つまり関税の前払いとか高利貸付けによって王室はもちろん貴族階級の懐の中につけ込んで莫大な金額にのぼる債権者となり、それと絡んで国内市場の中でいろいろな特権をひろげていった結果、国内の商人以上に優位に立った活動を行っていたのです。

ルネッサンスとともにヨーロッパの代表都市として繁栄していたフィレンツェにおいて市政を専横的に牛耳っていた商人ギルドが、遠く離れた北海のブリテン島にまでこのような侵蝕の手を伸ばしていたことは、いかに北部イタリアの高利貸し資本の勢力が凄じいものであったかを語っています。

したがって、たとえ羊毛原料の輸出がイギリスを代表する伝統的事業であっても出来る限り抑制して、先ず外国商業資本の権益を極力縮小させいずれ国外に追い返してしまうことによって国内市場を自分達の手元に奪回しようと言うのが、何をおいても王朝や政府が実施しなければならない課題でした。

たしかに羊毛原料輸出を抑制することによって外国商業資本が排除され国内市場はイギリスの手元に戻るかもしれません。しかし国家財政から見れば羊毛原料輸出が減少する分だけ今までの関税収入が減ってしまう訳ですから先ず初めに羊毛原料より付加価値の高い毛織物の国内取引をイギリス人の手によって増加させ、さらに狭くて未だ熟成していない国内市場を補完するために毛織物の輸出市場を拡大することによって関税総収入を増額させ国家経済力を高めてゆこうとした訳です。何しろ当時王朝を支える収入源は地代と関税のふたつに限られていたからです。

(3)政策の成果

先ず羊毛原料輸出の禁止的制限によって長い間羊毛原料の重要な顧客市場であった南ネーザーランドをはじめとする西ヨーロッパ各国の毛織物工業は非常に大きな打撃を受け、一時的でしたが羊毛原料不足の混乱状態に陥りました。一方、当時既に国民的規模に達しようとしていたイギリスの毛織物工業の発展によって毛織物の生産量は急速にそして大幅に増加してゆきましたから、毛織物の輸出市場は着々と拡大されてゆきました。特に国内市場から外国商業資本を排除した後組織された「マーチャント・アドベンチャラーズ組合」に対して毛織物輸出の独占権が与えられましたので、海外市場に向かって活動範囲はますます拡張しながら転換政策は成功の道を一直線に走り出すことが出来たのです。

政策転換の一番肝心の狙いであり、国家財政の主要収入源であった関税総額は14世紀末噴から毛織物輸出の進展に歩調を合わせて劇的に増加してゆきました。羊毛原料の輸出税は抑制するために非常に重く、毛織物の輸出税は促進するためにうんと軽く課税されることになっていましたが、14世紀半ば頃と15世紀半ば頃の輸出税収入総額を比較しますと、羊毛原料輸出量は急速に減退し、そのかわりに毛織物輪出量が激増した結果、毛織物輸出税総額が圧倒的に羊毛輸出税総額を上回っている事情が、当時刊行された政府の関税統計の中に明確に示されています。

そしてこの統計数字自身が政策転換に賭けたイギリス王朝の悲願とも言える外国商業資本の撤退完了を如実に物語っているのです。

なおこのようなイギリスの毛織物貿易の経緯をフィレンツェに繁栄をもたらした毛織物の仕上げ加工貿易に比較して考えますと、イタリアの商人ギルドはどこの国からでもいいから毛織物未仕上げ反を出来るだけ大量に輸入し工匠ギルドを使って『美しくて艶のある毛織物』に仕上げたのですが、イギリスは羊毛原料輸出に対する禁止的重税によって外国の毛織物工業の競争力を抑制しながら、自国産の毛織物を出来るだけ大量に製造し輸出しようとしたところに国内産業保護を目的とした重商主義政策の典型的な成功例を見ることが出来ます。

(4)高利貸し資本に対する国民感情

王朝を先頭にして貴族階級に寄生していた外国高利貸し資本の手が、地方の中小貴族や一般庶民にまで及んで来るのを眼の前に見ると、これらの外国商人達の活動や彼等の高利貸し付けを排撃しようとする国民感情が、商人ならずとも一般庶民の間に起こるのを止めることは出来ませんでした。

特に高利貸し付けを職業とする外国商人に対するイギリスー般国民の感情は他国と適って最も忌み嫌うところでした。当時イギリスでは利子を取ることや金銭貸し付けを職業とすることを宗教上の理由からと法令によって禁止していることもあって、国内に寄生している外国商業資本に対する憎悪に近い国民感情が何とかして羊毛原料や毛織物の国内取引をイギリス人自身のものに取り戻そうとするナショナリズム的な経済行為の精神的な支柱になっていたことは明白です。

したがって貿易業務に専念して海外市場に向かって進出を試みることに彼等は並々ならぬ努力を重ね、さらに高利貸し資本としての行動を終始自制することにつとめたのがイギリス商業資本の特質だと言っても過言ではありません。
(註1:カンパニー)

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